2月18日の当店コラムにおいて、ダイハツの新型ミライースにおける155/70R13というタイヤサイズを選択した理由を問い合わせてみました。
この件について2月23日にダイハツ お客様コールセンターより回答のメールが届きました。
結論から書くと、その全部はもちろん一部においてもここに書くことができません。
そもそも問い合わせをする際に、
「お問い合わせ窓口のご利用上の注意事項」に
「弊社からお客様宛ての返信Eメールは、お客様個人宛てにお送りするものです。一部または全文を転載、二次利用することは堅くお断りいたします。」
という条件があるのですが、とはいえ問い合わせをしないことには質問ができませんから問い合わせをしたわけです。
上記と同じ内容は回答でも念を押されました。
非常に残念です。
とはいえ質問についてはそれぞれ回答をいただいてはいるのですが、ただその内容についてはまるで国会の官僚答弁のようでした。堅く回りくどい文章なのですが、つまるところ回答はしません、回答できません、というゼロ回答でした。
正直、かなりがっかりしました。
自動車というものはどこのメーカーに限らず、売る時はかなり楽しそうで前向きな「イメージ」で売られていると思います。
みなさんはいかがでしょうか。
「クルマ」は僕らの生活に寄り添うものである以上、メーカーも僕らユーザーと共にあってほしいと僕などは勝手に思っているのですが、どうもそうではないようです。自動車は単に大企業が製造する工業機械製品のひとつなのでしょうか、今回の回答からはそういう無機質な印象を受けました。
以前から日頃思っている様々な質問を自動車メーカー、タイヤメーカーに投げてみよう、どんな考えでやっているのかね、などとスタッフと正直わくわくしていたのですが、出鼻を挫かれてしまい、本当にがっかりしました。
もちろんダイハツ工業にはその会社独自の問い合わせに関するルールがあり、彼らはそのルールに従っただけであり、むしろそのルールを乗り越えたいと思っているのはこちらの一方的な思いですので、回答をしてくれた企業や担当者が悪いとかそういう話ではありません。その点は僕も理解していますし、みなさまにおかれましてもご承知おきください。
自動車業界とジャーナリズム視点
ただ実はこれ、自動車業界のジャーナリズムの問題であるようにも思います。
せっかくなのでそれについても持論を書いておこうと思います。
自動車販売店やタイヤ販売店は商品をお客様にお渡しする、消費の末端にいます。ただ決められたことを漫然とこなすだけだったり、売ったら売りっぱなしの商売をしている店ならいざ知らず、セカンドオプションの場合は作業をしている中で日頃疑問に思うことがたくさんあります。
その視点をここでは「ジャーナリズム視点」と呼びましょう。
セカンドオプションはジャーナリズム視点を常に持ちながら仕事をしています。どうしてこの車はモデルチェンジでこのタイヤサイズになったのだろうか、どうしてメーカーごとにバラバラな規格を揃えようとしないのだろうか、こういう疑問を持つことは非常に重要です。そしてその疑問や回答についてお客様と共有する。それが大事だと考えています。だからこのコラムをはじめました。
本来、このジャーナリズム視点はメディアにこそ持っていて欲しいものです。メディアにこそ、自動車メーカー、タイヤメーカーににズバッと鋭い視点で斬り込んでいってもらいたいわけです。
実際に今回、一タイヤ販売店の個人が自動車メーカーに質問したところ、実質的にはゼロ回答、ましてやそれを公開すらできない。
だったらその代わりに自動車雑誌などが取材、質問をして記事にしていくべきなのです。
ところが、実際の自動車雑誌というものはジャーナリズムでもなんでもなく、消費させるための手先、単なる「カタログ雑誌」なんです。
買わせるための広告媒体にすぎません。
ジャーナリズムでは、自動車メーカーやタイヤメーカーなど、問題点や疑問点があるならそれを指摘しないといけません。だけどそんなことしたら広告をもらえなくなりますからね。これはテレビも一緒です。
日産自動車、SUBARUの「無資格検査問題」のように世間的に問題になったことを後追いで書くだけなら自分は傷つきませんから、誰にでもできます。
今回タイヤ販売店代表の個人として自動車メーカーに質問を投げてみて、改めてなんとなく思っていた自動車業界における「ジャーナリズムの不在」を実感できたような気がします。
これで諦めることはしません。
今後も各自動車メーカー、タイヤメーカーにいろいろな質問を投げていこうと思います。
そのへんの売りっぱなしのタイヤ屋とはちょっと違う、ジャーナリズム視点を持った変なタイヤ屋「セカンドオプション」を今後ともご支援いただければ幸いです。
※当方のコラムでは自動車、タイヤ各メーカーに「様」など敬称はつけませんが読みやすさ等を優先した意図的なものであり、敬意がないという意味ではありませんのでご理解いただければと存じます。
拙筆ですがこの文章を2014年に亡くなった自動車評論家、徳大寺有恒さんに捧げます。